屋外展示 D51型蒸気機関車

かわさき宙と緑の科学館にはD51型蒸気機関車 通称「デゴイチ」が屋外展示されています。昭和15年に日本車輌製造株式会社(名古屋)の工場で製造され、各地で30年余り活躍しました。
生田緑地にやってきたのは、昭和46年10月です。以来、生田緑地を訪れるみなさまに親しまれています。
機関車の上へ登ったり、運転室へ入ることは出来ませんが、車輌横に設置された見学用ステップを使用して間近にご覧いただけます。


D51型蒸気機関車408 来歴

車両の名称: IDI過熱テンダー機関車 D51 408
愛称: デコちゃん
製造年月日: 昭和15年4月12日

日中戦争の最中、日本車輌製造株式会社(名古屋)の工場で製造され、日本海側の富山機関区へ向かう
昭和16年 4月15日 富山機関区  新製配置
昭和16年 4月27日 運用開始
昭和17年 6月13日 広島機関区へ配置
昭和20年 8月 5日 九州へ向かう
昭和20年 8月15日 終戦を迎えたが、広島へは戻れず、門司機関区で稼働
昭和24年11月23日 広島第一機関区へ配置
昭和25年 3月15日 国府津機関区へ配置.急峻な御殿場線(旧東海道)で三重連の1両として配置される
昭和26年 2月23日 新鶴見機関区へ配置
昭和29年 6月18日 品川機関区(山手線)へ配置
昭和33年 4月14日 田端機関区(上野ー伊東線)へ配置
昭和37年 8月 1日 大宮機関区(東北線・水戸線)へ配置
昭和44年 4月25日 新鶴見機関区(高島線)へ配置
昭和45年11月18日 廃車

走行距離は、1,401,723キロメートル(月へ2回往復できるくらい)
「川崎にデゴイチを残そう」という運動が起こる。
昭和46年 9月 7日~ 11月 4日 電気機関車にひかれて、大宮工場へ.
そこで解体された後、トレーラーやトラックで川崎市の生田緑地に運ばれ、(その日は土砂降りの大雨)組み立てられる
昭和46年10月13日~21日 鉄道展 「機関車のパネル展示」
昭和46年11月21日 機関車引渡式・命名式(「デコちゃん」)・映画会開催

<主な参考資料> ・D51形式履歴一覧 第2巻

D51記録写真

当館が開館した昭和46年以来、長らく屋外展示されてきたD51ですが、生田緑地に搬入、組み立ての様子が、当時の職員により撮影されていました。 その貴重な記録を紹介します。
[撮影:三井庄吉氏/提供:三井氏ご遺族]

※上の画像をクリックするとスライドショー画面が開きます。
 

生田緑地の客車について

生田緑地にはD51型蒸気機関車の他に、みなさまに親しまれている『客車』があります。 スハ42-2047形客車は昭和23年に日本車輌製造株式会社の工場で製造され、国鉄常磐線経由東北線の上野~青森間を約37年間に555万キロメートル走りつづけ、昭和60年3月水戸機関区で廃車となりました。国鉄大宮工場で改装し、国鉄梶ケ谷貨物ターミナル駅まで回送され、ここから40t積トレーラーにより運搬し、据え付けました。生田緑地にやってきたのは、同年10月です。
こちらは実際に乗車し、車内を休憩所としてご利用頂けます。
車内開放時間:9時30分~16時30分(12月~2月は16時まで)※12/29~1/3は外観のみご覧いただけます。


客車記録写真

昭和60年10月に客車スハ42が生田緑地にやってくるまでの記録写真をご紹介します。
[提供:生田緑地整備事務所]


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